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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6424号 判決

原告 重松久美子

原告 重松キミコ

右両名訴訟代理人弁護士 森田昌昭

被告 国

右代表者法務大臣 瀬戸山三男

被告指定代理人 押切瞳

〈ほか八名〉

主文

一  被告は、原告重松久美子に対し金一四七九万〇六四八円、原告重松キミコに対し金二〇八九万四八七八円とこれらに対する昭和四四年五月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告において原告重松久美子に対し金五〇〇万円、原告重松キミコに対し金七〇〇万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告重松久美子に対し金二四五八万〇八七八円、原告重松キミコに対し金二五六七万七三〇五円とこれらに対する昭和四四年五月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの身分関係

(一) 原告重松久美子は訴外亡重松拓男(以下「亡重松」という)の妻であり、原告重松キミコは亡重松の母である。

(二) 亡重松は、後記事故当時航空自衛隊第八航空団第一〇飛行隊所属の自衛隊員で、その階級は二等空尉であった。

2  本件事故の概要

(一) 右第八航空団第一〇飛行隊長は上司である飛行群指令から、西部航空方面隊一般命令四一号(昭和四四年四月三〇日)及び第八航空団一般命令第四三号(昭和四四年五月六日)に基づき美保基地開庁記念祝賀飛行を昭和四四年五月一一日に実施するよう命ぜられ、実施のための編隊編組を飛行実施計画により次のとおり示した。

編隊長 一尉 小口佳彦(以下「小口編隊長」という)

二番機 一曹 高村康徳

三番機 二尉 重松拓男

四番機 三尉 前田貞幸

五番機 三尉 寺尾多賀良

(二) 右五月一一日は美保、築城とも朝から天候が悪く、第八航空団では美保からの気象情報により離陸の予定を延ばし、気象状況の推移を待つことにした。なお、西部航空方面隊が一般命令により示した祝賀飛行実施基準は雲高五、〇〇〇フィート(一五二四メートル)、視程八キロメートル以上であった。しかし午前一〇時二〇分の特別観測で美保において雲高七、〇〇〇フィート(二一三四メートル)、視程一〇キロメートルに回復したため、第一〇飛行隊長は飛行群司令の承認を得て実施を決定し、西部航空方面隊司令部当直幕僚に連絡するとともに祝賀飛行編隊に出発を命じた。

(三) 小口編隊長の率いる前記編隊(以下「編隊」という)は午前一一時二三分有視界飛行方式(操縦者が離着陸の場合を除き航空交通管制機関からの管制を受けることなく有視界気象状態において飛行を行なう方式)により築城飛行場を西に向け離陸し、左旋回しながら密集隊形を組み岩国に向った。当時築城飛行場は視程一〇キロメートル以上、高度一、九〇〇フィート(五七九メートル)に雲量6/8(全天を八として雲量を示す数字)の断層雲があったが、有視界飛行を維持して上昇することは可能であった。

(四) 編隊は岩国上空を経由し、高度一五、〇〇〇フィート(四五七二メートル)で美保に向い飛行した。この間五、〇〇〇フィート乃至八、〇〇〇フィート(二四三八メートル)に断層雲があり、地上は視認ができたが、岩国を過ぎるころから雲が増えつつあった。このため、編隊は見島及び高尾山の各レーダーサイトから進路について助言を受けつつ飛行した。美保飛行場への祝賀飛行進入開始点(I・P=イニシャル・ポイント)である日御碕上空に一五、〇〇〇フィートの高度で到着したときは断層雲のためI・Pを確認できなかったが、小口編隊長はレーダーサイトの助言を得るとともに洋上であることを確認し、断層雲をぬって降下を開始した。下層の雲は意外に低く約一、〇〇〇フィート(三〇五メートル)の高度で飛行し、午前一一時五二分日御碕北方の雲下に出ることができ、ここで日御碕を確認した。

(五) その後編隊は進路三六〇度から右施回して南西の方向に向い、次いで左旋回で東北の方向に向いI・P日御碕に飛行した。この間に小口編隊長は密集隊形からダイヤモンド編隊隊形に隊形変換を命じ、編隊各機に異常のないことを確かめ、午前一一時五六分に予備機である五番機に編隊から離脱して帰投することを命じるとともに、編隊の高度が低いため美保管制塔との通信中継にあたるよう指示した。五番機は美保の気象(1/8の雲量九〇〇フィート(二七四メートル)、3/8の雲量一、二〇〇フィート(三六六メートル)、7/8の雲量四、五〇〇フィート(一三七二メートル)、視程一〇キロメートル)と、編隊のI・P出発予定時刻一二時、美保通過予定時刻一二時六分の通報とを中継した。

(六) 編隊は雲を避けながらだ行しつつ有視界飛行方式のまま飛行し、日御碕北方を一二時に通過し美保に向った。陸地にかかるころから雲底が低くなり、編隊は直下の地形を確認しながら緩徐に高度を下げていったもようであったが、雲を避けきれず雲中飛行となった。そのころ(午後一二時二分ころ)、先頭の小口編隊長機が高度三八〇メートルの山林(島根県平田市久多見町郊外。)に激突し、それに後続飛行していた亡重松機(P―八六Fジェット機)外一機も右山林に激突し、亡重松は即死した。

3  責任原因

(一) 本件事故は、右のとおり、小口編隊長が、当時事故現場付近は雲が低くたれこめていて有視界気象状態にはなかったのであるから、編隊長として、有視界飛行方式により飛行できるよう飛行経路又は飛行高度を変更するか、計器飛行方式による飛行計画に変更し管制機関の承認を得るか、有視界飛行方式により飛行する場合は安全に着陸できると思われる最寄りの飛行場に着陸するか、のいずれかの方法をとるべきであったのに、これを怠り、編隊機をして雲中を低高度で有視界飛行方式のまま継続飛行せしめたため、山林に気付かぬまま惹起されたものである。

(二) 被告は公務員に対し、公務員が被告若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき、いわゆる安全配慮義務を負っており、本件飛行に際しても、同飛行が亡重松にとって上司の命令に基づく義務であったのであるから、被告はこれに対応して亡重松の生命および健康等を飛行に伴う危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていた。

ところで、小口編隊長は、前記のように上司の命令に基づき本件飛行の編隊長の任務に就き、編隊に属する亡重松らを指揮する権限を有していたのであるから、被告の右義務の履行補助者であったというべきである。

ところが、前記のように小口編隊長の右義務不履行により本件事故が発生したのであるから、結局被告は安全配慮義務不履行に基づき、右事故によって生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 逸失利益

(1) 亡重松は、本件事故当時二七歳で二尉三号俸の給与を受けており、本件事故により死亡しなければ、二等空佐以下の幹部自衛官の定年の五〇歳(昭和六五年一一月一五日)に達するまで勤務してその間少なくとも毎年一号俸宛昇給し、別紙「別表第一」記載のとおりの収入を、また右定年時には同「別表第三」記載のとおりの退職金をそれぞれ得たはずである。

(2) 更に右定年退職後は、直ちに少なくとも一〇人から九九人までを雇用する規模の会社(昭和五〇年賃金センサス第一巻第一表のうち旧中・新高卒欄)に再就職し、少なくとも六七歳に達するまで就労し、同「別表第二」記載のとおりの収入を得たはずである。

(3) 亡重松が要した生活費は年間所得の三〇パーセントであったから、右(1)(2)の額(但し退職金は除く)からそれを控除し、更に年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除すると逸失利益の死亡時における現在価格は同「別表第四」記載のとおり合計金四四六〇万一六〇〇円(四円は切捨)となる。

(4) 原告らは、法定相続分に応じ、右損害賠償債権を二分の一ずつ相続により取得した。

(二) 慰謝料

(1) 本件事故により、原告重松久美子は結婚後わずか六か月で夫を失い、原告重松キミコは息子に先立たれ多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するには、原告らそれぞれ金二五〇万円が相当である。

(2) 仮に原告ら固有の慰謝料請求権が認められないとしても、亡重松は本件事故により死亡して多大の精神的苦痛を受けこれを慰謝するには金五〇〇万円が相当であるところ、原告らは右慰謝料請求権を二分の一ずつ相続により取得した。

(三) 葬祭費

原告らは、亡重松の死亡により葬祭費として少なくともそれぞれ金一五万円を要した。

(四) 損害の填補

(1) 原告重松久美子

(イ) 国家公務員災害補償法による遺族補償年金(但し、昭和四四年六月から同四七年五月まで) 金一〇九万六四二七円

(ロ) 葬祭補償金 金七万九九二〇円

(ハ) 退職金 金三四万三五七五円

(ニ) 特別弔慰金 金七五万円

(計金二二六万九九二二円)

(2) 原告重松キミコ

(イ) 葬祭補償金 金七万九九二〇円

(ロ) 退職金 金三四万三五七五円

(ハ) 特別弔慰金 金七五万円

(計金一一七万三四九五円)

(五) そこで、右受領金額を各原告の(一)(二)(三)の合計損害額から控除すると、原告重松久美子は金二二六八万〇八七八円、原告重松キミコは金二三七七万七三〇五円をそれぞれ請求できる損害額となる。

(六) 弁護士費用

原告らは以上のとおりの損害金を被告に対し請求しうるものであるところ、被告が任意に弁済しないので、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に訴訟の提起、遂行を委任し、弁護士費用として各金一九〇万円を支払う旨約したが、右弁護士費用は被告の本件安全配慮義務不履行と相当因果関係にある損害である。

(七) 遅延損害金

被告の安全配慮義務不履行に基く本件損害賠償債務は、不法行為に基く損害賠償債務が共に発生している場合であって、右損害発生の日である昭和四四年五月一一日から遅滞に陥っているものというべきである。

5  よって、被告に対して債務不履行に基く損害賠償として、原告重松久美子は金二四五八万〇八七八円、原告重松キミコは金二五六七万七三〇五円と、これらに対する事故発生の日である昭和四四年五月一一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は不知、同(二)の事実は認める。

2  同2の事実は全て認める。

3  同3(一)のうち、小口編隊長が編隊機をして有視界飛行方式のまま継続飛行せしめたことは認めるが、その余は争う。

4  同3(二)のうち、被告が公務員に対して、原告ら主張のとおり一般的に安全配慮義務を負っていること、本件飛行が亡重松にとって原告ら主張のとおりの義務であったこと、小口編隊長が原告ら主張のとおり編隊長の任務に就き、指揮権限を有していたこと、の各事実は認めるが、その余は争う。

本件具体的状況のもとにおいて被告が亡重松に対して負うべき安全配慮義務の内容は、航空機の整備について充分留意し航空機から生すべき危険を防止する義務、編隊長にはその任に適する技能を有する者を配置する義務、編隊長および亡重松に対する安全教育等を行う義務に尽きるものであって、一般に、危険を惹起させる可能性のある任務についている公務員が、その同僚の公務員に対する関係でその危険を避けるために尽くすべき注意義務を安全配慮義務とはいえず、本件において原告らの主張する小口編隊長の注意義務なるものは同人固有の義務というべく、被告の安全配慮義務とは範ちゅうを異にする。

また、右の被告の義務の内容からして、小口編隊長は被告の安全配慮義務の履行補助者とはいえない。

5  同4(一)のうち(1)(2)の事実は認める。同(3)のうち、生活費控除は、少くとも四〇パーセント以上とすべきであり、ライプニッツ係数の小数点三位を四捨五入するのは相当でない。同(4)は不知。

6  同4(二)のうち本件事故により亡重松が死亡したことは認めるがその余は争う。

7  同4(三)の事実は不知。

8  同4(四)の事実は認める。

9  同4(五)は争う。

10  同4(六)のうち、原告らが弁護士に訴訟の提起、遂行を委任したことは認めるが、その余は争う。

11  同4(七)は争う。被告が遅滞となるためには原告らの催告を必要とする。

三  抗弁

1  被告は、原告重松久美子に対して、昭和四四年六月から同五三年六月五日(本訴弁論終結時)まで、国家公務員災害補償法による遺族年金を総額金六一〇万四二三〇円支払った。従って右金額は同原告の損害額から控除されるべきである。

2  原告重松久美子に対しては、右六月五日以降も、別紙遺族補償年金支払表記載のとおり遺族補償年金が支給されることになっており、これから中間利息を控除すると現価は金二四四四万二一四一円となる。右金額も同原告の損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告がその主張のとおりの年金を原告重松久美子に対して支払ったことは認めるがその余は争う。

本件損害賠償請求権と右年金とは、その性質、発生原因、権利主体を異にし、右請求権から控除されるべきではない。

2  同2は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(二)及び2(事故の概要)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  国が公務員に対し、公務員が国又は上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当って公務員の生命等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負担すべきものであることはいうまでもないところである。よって、以下本件事故に関する被告の安全配慮義務違反の有無について判断する。

1  前記当事者間に争いがない事実及び小口編隊長が編隊長として右美保基地開庁祝賀飛行における編隊を指揮する権限と任務を有したものであることにつき当事者間に争いがない事実を総合すれば、

(一)  本件事故は、亡重松が、その上司の命令に従い、自衛隊機の搭乗員として美保基地開庁記念祝賀飛行の公務に従事中に発生せしめられたものであることが明らかであり、また他に反証がない本件においては、右事故の直接的原因は、上司から編隊の指揮統率を命ぜられ、その任にあった小口編隊長が、前記の気象状態のものとにおいて亡重松機を含む編隊を誘導するに当り、そのまま有視界飛行を維持したこと又は編隊の飛行経路又は飛行高度の選択を誤ったことのいずれかにあるものと推認すべきものである。

(二)  そして、亡重松が従事していた公務が右のような飛行であることにかんがみれば、小口編隊長は、その上司から編隊長を命ぜられ編隊の指揮権限を付与されることによって、被告から右飛行中における被告の亡重松らに対する前記安全配慮義務の履行をも委ねられたものと解すべきであり、小口編隊長が編隊を指揮統率するに当り、明らかに被告又は上司の指示命令に背反し、独断専行するなど被告の安全配慮義務の履行補助者としての地位を逸脱したと認めるに足る特段の事情が存在しない限り、小口編隊長の飛行中における編隊の指揮統率に関する過誤はそのまま被告の過誤とされ、安全配慮義務違反と評価されるものと解するのが相当である。前記当事者間に争いがない事実によれば、本件事故時においては、小口編隊長もまたその上司から与えられた任務の遂行過程にあったものと認められ、本件の全証拠を検討して見ても、右の特段の事情の存在を肯認し得る資料はない。

三  以上のとおりであって、被告は、本件事故によって亡重松に生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  損害

1  逸失利益

(一)  請求原因4(一)の(1)(2)で原告の主張するとおり、亡重松が本件事故により死亡しなければ、同人は「別表第一ないし第三」記載のとおりの収入を得たものであることは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》により認められる同人の家族構成その他を勘案すれば、同人の生活費は右収入の四割と認めるのが相当であるから、これを右収入額(但し、「別表第三」の退職金は除く)から控除し、更に年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除すると、同人の逸失利益の死亡時の現在価格は、「別表第五」記載のとおり金三八八三万六七四七円となる。

(二)  《証拠省略》によれば、原告重松久美子は亡重松の妻、原原告重松キミコは亡重松の母であって、原告らのほかには亡重松の相続人はいないことが認められるから、原告らは、法定相続分に応じ、右損害賠償債権を二分の一である金一九四一万八三七三円(円未満切捨)ずつ相続したものである。

2  慰謝料

(一)  原告は、本件事故によって原告ら固有の慰謝料請求権を取得したと主張するが、本訴は被告の亡重松に対する安全配慮義務の不履行のみを請求の原因とするものであって、右債権債務関係の当事者ではない原告らが被告に対し固有の慰謝料請求権を取得するに由ないことも明らかであるから、この主張はその他の判断をまつまでもなく失当というほかない。

(二)  亡重松は前記のように本件事故により即死したものであって、これにより同人が多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところであり、本件事故の経過、同人の年令、家族構成その他本件に顕われた諸事情を併せ考えると右精神的苦痛は被告から金四〇〇万円の支払を受けることによって慰謝されるものと認めるのが相当であって、原告らは右慰謝料請求権を二分の一である金二〇〇万円ずつ相続したものというべきである。

3  葬祭費

《証拠省略》を総合すれば、原告らは、亡重松の葬祭費として約三〇万円、同人の墓石代、右基地代として約四〇万円の各出捐をしたことが認められるが、亡重松の死亡日時、死亡時の年令、地位等を考慮すれば、金三〇万円が同人の死亡により生じた損害と認めるのが相当というべきである。

ところで、右葬祭費の請求は、原告らがこれを固有の損害として請求している趣旨と解し得る余地もないではない(もし、そうであるとすれば、その請求を認容しえないものであることは、前記の固有の慰謝料の場合と同様である。)のであるが、元来人身事故による損害は、当該事故によって生じた被害者の受傷又は死亡それ自体をいうものであって、このことは、当該の損害賠償請求権を不法行為として構成するか又は債務不履行として構成するかによって異るものではなく、右のように解する限り、すでに認定した被害者の逸失利益及び慰謝料はもとより葬祭費も右の損害算定評価のためのひとつの資料にすぎないことになるのであり、被害者の相続人はこれを相続したものとして請求することもできるし、葬祭費のごとく被害者の死後その相続人又は祭祀を主宰すべきものが現実に支出したときにはじめて具体化する損失については、その支出者及び支出した額が社会通念上合理的なものとして是認し得る限り、民法四九九条又は同法五〇〇条の各規定の類推により、右の損失についての賠償請求権を代位承継したものとして、賠償義務者に対し直接右の請求権を行使し得るものと解するのが相当であり、原告らの葬祭費の請求も、その趣旨を善解すれば、右の趣旨において被告に対し直接その請求権を行使しているものと解されるので、右請求は、前記認定の額の範囲内において理由があるものとして認容する。従って、原告らは各自その二分の一である金一五万円ずつの損害賠償請求権を取得したものである。

4  損害の填補

(一)  原告重松久美子が被告から、昭和四四年六月から本件口頭弁論終結時(同五三年九月)まで国家公務員災害補償法による遺族補償年金として金六一〇万四二三〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

ところで右遺族補償年金は、国家公務員の収入によって生計を維持していた遺族に対して、右公務員の死亡のためその収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活補償を与えることを目的とし、遺族にとって右給付によって受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によって受けることのできた利益と実質的に同質のものといえるので、既に給付のなされた金額については損害の填補がなされたものというべきであるから、これを原告重松久美子の本訴請求額から控除することとし、なお、右年金の将来支給分については、現実に損害の填補を受けていない以上、控除することは相当でないので、これを控除しないこととする。

(二)  本件事故に関し、被告が原告らに対し、亡重松の葬祭補償金、退職金及び原告らに対する特別弔慰金として、それぞれ合計金一一七万三四九五円を給付したことは当事者間に争いがなく、これを前記認定の損害から控除すべきことは原告の自認するところであるから、本訴においては、これに従って控除する。

5  弁護士費用

《証拠省略》を総合すれば、原告らは本訴の追行を原告訴訟代理人に委任したことが認められ、事件の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌して金一〇〇万円が、亡重松の被った損害と解すべきであり、原告らは、前記3において判示したと同一の理由により、その二分の一である金五〇万円ずつの損害賠償請求権を取得したものである。

6  遅延損害金

人身事故による損害を不法行為を理由として請求する場合に限り、不法行為の成立と同時に付遅滞の効果も生ずるものとして解釈するのが通例であるが、右の解釈がもっぱら政策的な配慮によるものであることは争いえないところであり、事を人身事故による損害のみに限定して考えて見れば、本件の場合のように債務不履行を理由とする損害賠償請求にあっては、特に右と異った結論を採らなければならないとする合理的な根拠も見出すことができないし、一般に不法行為責任よりも債務不履行責任の方が重いと解されていることをも考えあわせれば、被告は、本件事故発生日である昭和四四年五月一一日をもって、以上に認定した損害賠償債務につき遅滞に付されたものと解するのが相当である。

六  結論

よって原告らの本訴請求中、原告重松久美子については金一四七九万〇六四八円、原告重松キミコについては金二〇八九万四八七八円、及びこれらに対する昭和四四年五月一一日から支払ずみまで年五分の各割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原島克己 裁判官 太田幸夫 具阿彌誠)

〈以下省略〉

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